マウンテン・ゴリラのカーライフ

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Mercedes-Benz S-Class(2018 / NO1) Sクラスを無視するカーメディアは・・・

ナンバー1セレブカーの実力

  Sクラスだけは異次元に頑張って作っているのがメルセデスというブランドなのですけども、そのフラッグシップ車はそれほどボッタクリとも言えない価格で売ってます。S400で1128万円・・・いややっぱり高いかも。『適正価格』が適用されているって意味で、最も信頼できるメルセデスのモデルと言っていいとは思います。

 

  全長5125mmのショートボデーは日本市場ではS400だけ。他は5250mmのロング、5305mmのロングプラス、5462mmのマイバッハと、4ドアハードトップだけで4つもバリエーションがあります。他にクーペとカブリオレが・・・。なぜここまできめ細やかに作るのか!?日本メーカーには理解不能な次元にいるのがSクラスです。世界のセレブから指名買いが入るからこそ、これだけのバリエーションが細かに用意できるようです。ここがレクサスLSやマセラティクワトロポルテとの大きな違いか。

 

 

 

 

 

Sクラス と 911

日本車にはないものをドイツ車に見出すのは、カーエンスーの典型パターンではありますが、その中で特に人気なのはポルシェ911。やはり『伝統』こそがドイツ車の最大の魅力であり、そんな無骨なドイツブランドがBMWi8みたいに突然にチャラく背伸びしたところで、なかなかウケないようです。そして911と並んでドイツ車こそが至高であることを示してきたのがメルセデスSクラスで、このクルマも単なるラグジュアリーセダンとはどこか一線を画した『想い』が歴代モデルに宿っていて、これを愛でるのもまたカーエンスーのあり方かと・・・。

 

高級車文化

第二次大戦前の段階で、日本の工業力は世界6位と言われていました。その上にある5つの中でもトップのアメリカと、2位のドイツ、3位のイギリスは、フランスやソ連をやや引き離した存在で、この時のポジションが今もなお自動車工業の『伝統』に大きな意味合いを持っています。1980年代に日本の自動車工業は世界トップへと駆け上がりますが、『日本車』というクラスレスなクルマ作りを世界のメーカーが真似するようになってから、それまで世界に顕在していた『高級車メーカー」が次々とつぶれます。

 

『高級車メーカー』が分布していたのは主に、日本に大きく先行していたアメリカ、ドイツ、イギリスの3カ国。アメリカのスチュードベーカーやパッカードは、経営統合の波の中であっさりと消えていきます。アメリカ人は伝統よりも進化を求めた!? ドイツにはメルセデスと、そしてホルヒから転じたアウディがありました。そしてイギリスにはロールスロイスベントレーのほか、ジャガーをベースとしたデイムラーなどなど。

 

偽物ばかりの世界・・・

アメリカで今も生き残っているキャデラックやリンカーンには、スチュードベーカーなどのハイクオリティカー文化の名残は残念ながら感じられません。1980年代の日本車のスタイルがすっかり吸収されていて、2000年くらいまでは日本車的なエクステリアが流行し、2010年代に入ってからは、キャデラックもリンカーンもどっかの新興国メーカーのようなアバンギャルドを纏うようになりました。いや韓国・中国の方がまだまだ保守的でエレガントにさえ感じるくらい。要するにアメリカメーカーは自ら高級車文化を否定したわけです・・・。

 

アウディ や マツダ では超えられない極地

 

ドイツのアウディは戦後の大混乱の時代を超えて60年代にホンダの四輪創業と同じくらいのタイミングで復活します。しかし戦前のホルヒの伝統を彷彿とさせる要素は少なく、1970年代から販売されていたアウディ100が示したステータスは、ちょうど日本のMAZDAのような立ち位置でした。結果的に日本メーカーとともにクラスレス(プレミアムという名のクラスレス)を世界に広める側のブランドとなりました。調べてみるとアウディMAZDAブランディングは妙にシンクロします。この2メーカーを必死で追いかけているのが某カトリック圏の田舎ブランド・・・。

 

総合自動車メーカーならば・・・Sクラスの『本物』のライバルを作れ!!

ロールスロイスベントレーといった少量生産を基本とするラグジュアリーブランドを除けば、メルセデス・Sクラスだけが、失われたラグジュアリー車の文化を今に伝える『伝統』を保ち続けた唯一のクルマと言っていいのかもしれません。初代SクラスことW116のデザインは非常にエレガントで、最上級車であることを一目で彷彿とさせる威厳があります。日本車ではセンチュリー、プレジデントといった特装車両を除けば、1977年発売のルーチェレガートというMAZDA車くらいしか、このW116の世界感には近づけていないような気がします。

 

 

Sクラスに一番近い日本車はMAZDAだった!?

MAZDAがその後も最上級車としてルーチェを作り続け、その後に共同戦線を張ることになったフォードにもリンカーン用モデルとして供給していれば、日本車とアメリカ車の現在地はちょっと違ったものになっていたかもしれません。しかしこのフォードこそが、やはり日本メーカーを同じ感覚のクラスレスなクルマ作りで、スチュードベーカーやパッカードを追い詰めた張本人ではありますが・・・。

 

Sクラスを7や8と比べてくれるな!!

W116からW126、W140、W220、W221、W222と6世代を数えるSクラスですが、世界のトレンドをある程度は受け止めつつも、消えていった『高級車文化』を21世紀まで見事に受け継いでいったことが、メルセデスというブランドの最も賞賛されるべき功績であると思います。レクサスやマセラティといったニワカなブランドと安易に同列に語るべきではないと思います。そしてだいぶ立派になった現行Sクラスを「大きすぎてダメだね・・・」と切り捨てるのはあまりに無粋。

 

Sクラスも変革と時を迎えた

W222がマイナーチェンジによって後期型へと移行しましたが、もしかしたらこの2017年の変更が、Sクラスの存在を大きく変えてしまうのではないか!?という危惧があります。Eクラスのフルモデルチェンジにより、Sクラスにはさらなる上のサイズがあてがわれ、日本向けも『ロング』が基本になりました。これによりプライベートサルーンの最高峰に位置してきたSクラスが、センチュリーのような特装サルーンになってしまった・・・と言った感があります。

 

エンスー解放戦線』はさすがだな・・・

そーいえば去年暮れの某雑誌連載の「エンスー解放戦線」にもSクラスの危機的状況について、あの2人がかなりタイムリーに警鐘を鳴らしていたっけな。最初に読んだ時は軽い「茶番」だと思ってスルーしてましたけど、改めて読み返してみると、さすがはセンス抜群の2人だけあって、風向きが変わっていることをしっかり感じていらっしゃる。『いつかはクラウン』ならぬ『いつかはCL』という想いを抱えて社会人になった野心家にとっては、また「ロス」を感じてしまう予感が。そして、いよいよこの最後の『生き残り』が中国人向けの胴長セダンに成り下がる時が、ある種のクルマ文化が絶滅する瞬間なのかもしれません。

 

 

 

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